2006年4月28日 (金)

母子殺人事件の奇怪な弁護人

山口県光市の母子殺人事件ほど痛ましい事件はあまり多くない。

遺族の本村洋さんはこの事件で二度の不幸に見舞われているといえる。その一は言うまでも無くなんの罪も無い最愛の妻子を無残に殺害されたことである。そして二度目は安田好弘と足立修一という全く弁護士として資格を欠く犯人側の弁護人と合い対峙せざるをえなくなったことである。

事件の内容はご遺族のお気持を察しここでは割愛し、弁護人のことについて触れたい。

両弁護人は3ヶ月も前に予定していた最高裁の上告審弁論を全く理由の無いドタキャンでさぼり出廷しなかったため裁判長以下4人の裁判官、検察官それに本村さんら遺族を含む傍聴人が出廷していたにもかかわらず開廷できず延期になったことだ。かかる弁護人の態度は如何なる理由であれその責任義務を放棄したことになり譴責に値する。

そして日をあらためて開かれた上告審弁論で両弁護士はマンガのフリップを用い犯人は殺害の意思は無かったことを証明するとして屁理屈と詭弁を弄し全く滑稽としかいいようのない説明をしている。

安田好弘、足立修一の両弁護人は死刑廃止論者の急先鋒で本裁判においてもその引き伸ばしを画策したものといわれる。なれば、犯人はこの母子を殺害し死刑に処したともいえる。しかも不法に私刑によりだ。対するに犯人を死刑にするのはその犯すべからざる殺人をとがめ法に則り刑に処するということだ。

弁護士は法に基づく死刑と不法に基づく私刑(死刑)のどちらに軍配をあげるのかと問いたい。

両弁護士は「検察は被告を極悪非道の殺人者に仕立てあげ死刑にしようとしている」と批判しているが、僕に言わせれば「二人の弁護士は極悪非道な殺人者を善人に仕立て上げ死刑を逃れさせ再度社会に放とうとしている」と言わざるをえない。

なお安田弁護士は「死刑制度問題で日本は低能児水準に他ならない。文化だけでなく人権と刑事訴訟の分野でも『韓流』が必要だ。」と公言しているがもはやバカにつける薬はないということだろう。

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