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2007年6月30日 (土)

常識感覚を失った弁護団

光市母子殺人事件の差し戻し控訴審が6月26日から3日間広島高裁で開かれた。
弁護人の被告質問で「危害を加えるつもりは無かった」「弥生さんを通して(亡くなった)実母を見ていた」
「甘えるつもりだった」として乱暴目的だったとの検察側主張を否認。また「弥生さんの動きが無くなり右手が
首を押さえていることが分かった」と殺意も否認。さらに長女夕夏ちゃんについては頭から床にたたきつけたとする
検察側の指摘に対し「赤ちゃんが泣いている原因を作ったのは僕なのであやそうとしたが力を入れて抱っこすることができず滑るように落ちていった」と説明し過失致死だと主張した。
また犯人は

・「赤ちゃんの遺体を押し入れの天袋に隠したのは、ドラえもんが何とかしてくれると思った」
・「赤ちゃんをあやそうと抱いたら、手が滑って頭から落ちた」
・「死んだあとで服を脱がしたのは、女性だったら恥ずかしくて反応するかと思って」
・「精子を女性の体内に入れたら、生き返ると本で読んだ」

などと発言している。
いわばこれまでの前言を完全に否定する形になったわけだが全ては21人の弁護士による操り人形になったようだ。
それにしてもこの21人の弁護士というのは通常の常識感覚を持っているのだろうか。弁護のためには手段を選ばないという姿勢は分からなくも無いが一般常識が根底にあるべき司法世界にあって漫画とか架空の世界を持ち出してなりふり構わず弁護活動を組み上げる態度は弁護方針の一環とはいえ常識観念を逸脱し非常識そのものだ。
他の弁護士はこのような弁護姿勢を見て聞いて何の違和感も持たないのだろうか。
遺族の本村洋さんが「聞くに堪えない3日間だった」と公判終了後の記者会見で述べているがそれが常識世界の
言葉だろう。
時あたかも朝鮮総連本部の建物取引で日弁連の元会長が絡んだとの報があり、弁護士そのものに対する
懐疑心が生じたのは小職だけであろうか。これでは無残に犠牲になった弥生さんも夕夏ちゃんも浮かばれまい。
仏教用語の四苦八苦という四字熟語がある。その中の一苦に「怨憎会苦(おんぞうえく)」という言葉があるが
会いたくない人に会う苦しみと解釈されている。21人の弁護団の首謀者ともいえる「安田好弘」という人物こそ
怨憎会苦(おんぞうえく)に相当する人間だ。

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